武士道、というと日本人だけでなく、最近では外国人からも注目されています。
武士道に関しての本もよく書店に並んでいて、なんとなく良いもので、日本の誇る考え方の一つだ、と思っている方も多いと思います。
けれどその武士道、もともとは現代とは少し違っているようです。
昔の武士道はどんなものだったのか、室町時代頃を中心に紹介していきましょう。
そもそも武士道ってこんなこと
武士道、といわれるとなんとなくこんなもの、と思うけれど、いざ説明しようとすると難しいものです。
簡単に武士道というものを説明しておくと、武士の間で発達した守るべき道徳のこと、といったようなことです。
忠誠や名誉を重視しており、自分の命をかけるほどの徹底した責任と、文武両道の鍛錬が武士に求められたことから発達した日本独自の考え方や精神のあり方が武士道なのです。
室町時代に武士道という言葉は通じない?
武士道には「武士」という言葉がついているのだから、室町時代はもちろん、武士が誕生したのと同じ時期に誕生し、発達したのだと思い込んでいませんか?
実は、江戸時代以前の室町時代頃にはまだ武士道という言葉はなかったようです。
武士道、という言葉が使われている書物は実は室町時代以前にはまだなく、初めて確認されたものは江戸時代初期に書かれた書物で「甲陽軍鑑」という書物です。
そして、初めて武士道という言葉が登場したのが「甲陽軍鑑」という書物なら、そこまで知られてはいなかった「武士道」という言葉を世の中に広く知らしめたのは新渡戸稲造の書いた「武士道」という書物でした。
武士道といいつつ、武士の誕生とともに誕生、発達した言葉ではなかったのです。
武士道は変わらずまっすぐか?
意外にも江戸時代前の室町時代にはまだ一般的ではなかった武士道という言葉。
では、江戸時代になって世間に広まった武士道はその時から今と変わらなかったのでしょうか。
実は、そうではないのです。
初めて武士道という言葉が誕生した時、それは今でいう武士道の考え方や観念論とは少し違うものでした。
初めて武士道という言葉が確認されたのは室町時代以後、江戸時代初期の「甲陽軍鑑」という書物でしたが、この書物を読み込むと、武士道について、現在武士道としてとらえられている考え方や観念論とは少し違った使い方、解釈をしています。
現在では精神論や有るべき姿を指しているという意味合いが強い武士道ですが、「甲陽軍鑑」では、ただ単に戦に勝つための論理として武士道という言葉が捉えられているのがわかります。
実は発生当時、武士道という言葉が指しているのは精神的なものではなく、戦いの中を生き抜いていくためのありかただったのです。
それが今の精神を重視する武士道の考えに近いものになったきっかけは儒学でした。
武士道という言葉の誕生以前からあった武士としての生きざまの捉え方と儒学が結びつき、一体化することで現在の考え方に近い、観念論としての武士道が誕生したのです。
そのため、武士道は現在私達が考えているものとは違うものだったのです。
そして武士道という言葉が誕生する前の室町時代には、武士としてのあり方を示すものは戦いの世の中を生きていくための知恵として「兵の道」などの言葉で表現されていたのです。