現代の和風住宅には、書院造と呼ばれる建築様式を基調としたものが非常に多く、その起源は室町時代の建築物に見出すことができます。
武家による室町幕府の政権統治は、貴族文化から多大な影響を受け、独特の文化が形成された時代で、建築にもそんな特徴が感じられる建物が多く残されています。
金閣寺や銀閣寺は、室町時代の最も有名な建物といえ、金閣寺には「朝廷」と「武家」、そして「足利義満自身」を表現したとされる「寝殿造り」、「書院造り」、「禅宗様式」の特徴が異なる建築様式の三層構造が確認できます。
ここでは、室町時代に始まった「書院造り」と呼ばれる建築様式が、どのようなものだったのかご紹介します。
金閣寺や銀閣にみられる室町時代の建築様式とは?
室町時代に造られた有名な建築物といえば、「金閣寺」と「銀閣寺」を連想する人も多いのではないでしょうか?
「金閣寺」は、3代将軍足利義満によって造られ、建物全体に貼られた金箔の外観が印象的で目を惹きますが、三層からなる建物の構造も特徴的です。
一層目は「寝殿造り」、二層目は「書院造り」、三層目には「禅宗様式」といった異なる建築様式が用いられ、将軍義光の権威を見せつけたかのような造りの建物です。
一方、「銀閣寺」は、8代将軍足利義政によって造られ、銀閣という名とは違い、建物全体に黒漆が塗られ「金閣寺」とは対照的な外観です。
二階建ての銀閣寺の一層目には住宅風の造りが施され、二層目には禅宗様式が用いられています。
室町幕府の最盛期と衰退期の初めに建築されたそれぞれの建物には、当時の時代背景や文化も影響しています。
とはいえ、いずれの建物にも、室町時代の庶民の住まいにも採用されていた「床の間」や「違い棚」などをはじめとした「書院造り」の特徴が採用されています。
今の和室の元になった室町時代の書院造りの特徴は?
平安時代の貴族の住宅には部屋の間仕切りがなく、必要に応じて御簾と呼ばれる簾(すだれ)を利用して、板の間だった床には必要な場所に畳を敷く「寝殿造り」の住宅を利用しています。
それが、室町時代になると、障子や襖などを利用して部屋を仕切り、床には畳が敷き詰められ、「書院」や「違い棚」といった部屋の装飾も整えられます。
こうした特徴が「書院造り」と呼ばれる建築様式で、貴族の文化を取り入れようとした将軍をはじめとした武家や庶民の住宅にも、多く取り入れられます。
室町時代に生み出された「書院造り」は、今の時代にも和室や和風建築として受け継がれています。
今の和室につながる室町時代の「書院造り」の建物
今の純和風建築の住宅は、床には畳が敷き詰められ、障子や襖を利用して部屋が仕切られ、「床の間」や「違い棚」といった飾りも整えられています。
このような特徴の建築様式は、室町時代に始まった「書院造り」に原形があり、それ以前の「寝殿造り」の建物とは違った特徴があります。
金閣寺や銀閣寺に代表される室町時代の建物には、「書院造り」だけでなく他の建築様式も使われ、当時の為政者による権威を現した造りとなっています。
