室町時代の四職がついていた職業はどんなものか

数え切れないほど多くの職業がある現代。

中には、その名前を聞いたことも無いような職業もあります。

何か特別な資格などが必要だという職業もよくみかけます。

昔の日本でも、この職業に就くためには特別な何かが必要だ、ということもありました。

例えば、室町時代では四職と呼ばれる家柄の者しか就けない職業があったのです。

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決められた家の者しか就けない職業?

室町時代には数多くの有力な武家がいましたが、その中でも特に有名で力を持っていた四つの有力守護の家があります。

その有力守護の家とは、一色、赤松、京極、山名のこと。

鎌倉幕府が倒れ、室町時代になってから、特に力を持っていたその四つの家にしか、基本的には就くことのできない職業ができます。

その職業とは侍所の長官のこと。

侍所とは、京都内外の警備や刑事裁判、山城の守護などをつかさどるところです。

そして侍所を束ねるトップの人材こそ長官であり、頭人、または所司とも呼ばれました。

四つの家では、それぞれ交代で侍所の長官という立場に就く人材をだしていました。

そしてこの立場に就くことができる有力守護の四つの家を四職とよんだのです。

侍所の長官はどのくらい偉い人?

さて、基本的にはこの四職しか就くことができなかった侍所の長官ですが、室町幕府全体でどんな立場にいる職業だったのでしょう。

室町時代のすべてのトップに居るのは、もちろん将軍です。

しかし将軍一人だけでは出来ない事があるので、将軍の補佐をする人物が必要になってきます。

その将軍の補佐をする職業が管領と呼ばれる職業でした。

この管領にも就くことができる家が決められていました。

それが、四職と同じく有力守護の家であり、足利一門の細川、斯波、畠山の3氏です。

3氏は四職と同じように、それぞれ交代でこの管領という職業に就いていたのです。

そして、そんな管領の下に存在するのが四職が長官を務める侍所に政所、そして問注所の3つでした。

四職の家はそれぞれどんな家?

室町時代に重要な職業に就いていた四職ですが、それぞれどの地域を守護していた家だったのでしょう。

一色が守護していたところは丹後、伊勢、三河。

山名が守護していたところは但馬、備後、安芸。

赤松が守護していたところは播磨、備前、美作。

京極が守護していたところは出雲、隠岐、飛騨。

また、一色家は管領に就いていた家と同じく足利一門の家であり、他の三つの家はその時代特に力を持っていた有力な守護でした。

室町時代では四職は京都にとどまり、重要政務を決定、幕政の運営を担っていたのです。

また、一般の守護も領国は守護代に統治させ、自身は京にいて幕府に出仕していました。

こうして見てきたように、足利一門の家や、四職の様な有力守護が更に力を持ち、より重要な立場の職業に就いていたのが、室町時代の職制から見てとることができる特徴だったのです。

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