国がそのまま存在していくために必要なお金を生み出すなどの経済上の行為、と辞書などで説明されている「財政」。
現代でもとても大事なことで、私達の生活にも関わってくるはずなのに、ややこしくてちょっと距離を置いてしまいます。
しかもその内情はいつでもわかりにくいもの。
現代の国家の財政はもちろん、昔の国の財政もそうでした。
今までちょっと距離を置いてきた財政の話。
実情はどういうものだったのか、室町時代を覗いてみましょう。
収入源、ないなら新しく作り出せ?
昔の日本の財源、例えばここで取り上げる室町時代、国を動かす為の財源は何だったのでしょう。
まず、室町時代で伝統的かつ一般的な財源は3つ。
1つ目はいろんなところに散らばっていた将軍の直轄領からの収入。
2つ目は守護の分担金。
3つ目は地頭や御家人に対する賊課金。
室町時代、最初の頃はこの3つをメインとした財源がありました。
でも、実は室町時代は決まったお金を使ってやりくりし、なんとかやっていく、という事がとっても下手でした。
決まっている収入。
足りなくなっていくお金。
では、どうするか。
そこで考えられたのは、「節約しよう!」というものではなく、「足りないなら、収入源を増やしてしまえばいい!」というまさかの一手でした。
それも増やすのは1つや2つではなく、さまざまなルートを使って、収入を増やそうとしたのです。
貿易による収入、そしていわゆる金融業者である土倉にたいしても「土倉役」と呼ばれる税をかけ、なんとか財政の立て直しを図ったのです。
どんなところから、どんなふうに税をとる?
収入と支出が釣り合わず、バランスをとる為に収入源を増やすという手段にでた室町時代。
その手段によって、今までにはなかった新たな税も課され、課された人たちは今まで以上に重い税に苦しむようになりました。
室町幕府は、一体どんな税をとる事にしたのでしょうか。
室町時代にどんな税の種類があったか、見てみましょう。
まず、先ほどあげた土倉税とあわせて紹介される事が多く、同じくらいの知名度を誇る税が「酒屋役」。
字の通り、酒屋に課せられた税金です。
また、棟別銭もよく知られています。
これは家屋の棟数別に課されるようになった税金です。
また、売る為の荷物などを運んでいると、街道にある関所でも通行税として関税という税も払わなければなりませんでした。
普通に暮らしても税が増えていく時代
室町時代、財源の確保のため、いろんな部分から税をとるようになりました。
どんな種類の税があったかは、先ほどあげたとおりです。
土倉役、酒屋役、棟別税に関税。そして他にもいろいろ。
こうやって見てみると、すべて一般庶民の人達が日常的に利用するところから税が取られているのがわかります。
普通に暮らしていきたくとも、どんどん増えていく税の負担。
これでは、その税を負担する一般人たちに不満がたまっていきます。
実際、いろんなところで、年貢の引き下げを求める一揆などが沢山起こった時代でもありました。
室町時代の財政を見ていくとわかってくるその実情。
室町時代の財政を見る限り、お金の管理や、そのやりくりが下手だったようです。